2011年7月23日土曜日

無職!!!?

最後にブログを書いてから2ヶ月。
実はその間に4年近く勤めたディープブルースを離れ、
フリーになりました。

今後はフリーのディレクターとして活動していきます。

30歳になり何かに挑戦をしたい、もっと冒険しなければと思い
行動に移しました。

とあるプロデューサーに言われたことば
「器用貧乏になるな!」

「ワンマンディレクター」としてなんでもやってきましたが、
それが今後の自分のディレクター人生を狭めることに
繋がっていると気がつかされました。

30−40歳の間にやりたいことが出来てなければディレクター人生は
そこで終わってしまう。

もちろん、フリーは自由な部分と不自由な部分の両極があります。
やりたい仕事だけやってれば言い訳ではありません。食べていかなければいけません。
でもそれはすべて自分次第。

今後はディープブルースのお仕事も受けさせて頂きながら
その他の仕事も行っていきます。

こうした自分のわがままを言える状況、聞いてもらえる環境が
あることに感謝しつつ、身を引き締めていきたいと思ってます。

それにより、このブログも廃止させて頂きます。
活動報告、告知等はfacebook(or Mixi)で報告させて頂きます。
今後とも声援お願いします!

2011年5月17日火曜日

世界一



先週末、ロケハンで浅草へ。
徐々に出来上がってきてますスカイツリー。
高さは最高到達地点まで伸び、634m。
総工費は630億円ぐらいと実際の高さに引けを取らずに高い。

今回の震災の影響で東京タワーは頂点にあるアンテナが曲がったらしいですが
スカイツリーはものともせず立っています。
なぜか?

それは絶対に緩まないネジが採用されているからだそうです。
そのネジを開発したのは日本人。ハードロック工業社の社長さん。
絶対緩まないネジの技術は、絶対に真似できない、世界一の技術だそうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110508-00000502-san-soci

こういうところに日本の加工技術の凄さを感じます。
最近、大阪の方へ町工場の撮影に行った時も
日本の技術産業を支える様、技術の凄さを伺ってきました。

両名の社長が共通して企業理念に取り入れていることは
『絶対に妥協しない、諦めない』こと。

身に染みます、このお言葉。

2011年4月28日木曜日

ふぅ





ここ1−2週間は息つく間まもなく仕事に追われる毎日…。
1泊2日でハワイに撮影に行って、キレイなビーチと太陽に囲まれても
落ち着くどころが余計にバタバタ。

その後は終電ぎりぎりで大阪に撮影へ向かって、
危うく終電を乗り過ごしそうになったが
タクシーの運ちゃんが一緒にスーツケースを持って走ってくれてセーフ。
オッチャン、有難う!

大阪の人情厚さに感激。

そして、今週末は福島。
今、震災と原発の影響で大変な状況の福島ですが、
すこしでも元気、勇気づけれるようにと企画された
イベントに参加してきます。

オレの言う福島なのでどんなイベントかは想像がつくかと思いますが…

忙しい毎日を送れる平凡な状況に感謝。
元気出して前向きに進もう。

2011年4月8日金曜日

移転

突然ですが、オフィスが移転します。
行き先は、、、、

なんとお台場



メリット、デメリットを整理してみると

隣に湾岸署があります→悪いことできません
隣にJ-SPORTSがあります→関係が密になります
隣に大江戸温泉があります→仕事帰りに温泉に入れます
お台場です→自転車で行くと1時間かかります

色々とデメリットもありますが、とりあえず2週間以内に移転が完了します。
3年住み着いた六本木からおさらばです。

自転車で通えるか微妙ですが、社内SOHO化を踏まえての移転なので
毎日会社に行くことはしません。

今後、日本の経済動向を考えたコスト削減化の意味もありの移転です。
柔軟に対応しなければ生き残れません。

昨晩もマグニチュード7.2の大きな余震もあり
被災地ではまだまだライフライン、物資等の供給不足が続き、
まだ予断を許さない状況が続いています。

自分に何ができるかと再び考えてチャリティーソングを2つ買ってみました。
「Songs for Japan」「Ai No Uta」
前者のアルバムは17カ国でiTuneアルバムチャート1位を獲得したそうです。
http://www.gizmodo.jp/2011/03/itunes_8.html

歌は力があるなぁ。

2011年3月20日日曜日

GANBARE NIPPON

今、出来ること。
救援物資のチャリティー、義援金の寄付、ボランティア活動など様々だけど

自分自身が最大限に貢献できることはなんだろうと考えた
その答えは映像のチカラを使って応援すること

そこで応援メッセージを募集しようと考えたが、
ただ応援だけでは少し容易すぎると思った。

大切な事はひとりひとりがどのようにこの震災に対して貢献できるか
その貢献の仕方と想いを語ってもらいメッセージとして被災者に届けたいと思った。

名付けて「頑張れニッポンプロジェクト」



http://www.youtube.com/user/contributejapan

会社の後輩と始めたこのプロジェクト。
世界中からメッセージを集って最終的にDVDに収め、時が来たら被災者の方々に届けたいと思う。

だから一人でも多くの方々に参加していただきたいです。
被災者の方々へのメッセージはもちろん、日本のためにもメッセージを届けてください。

是非、参加してください。
早速、母親にも参加してもらいました(笑)


みんなで日本を応援しましょう!!

2011年3月14日月曜日

今出来ること

地震が起きたときは社内にいました。
オフィスは地下にあるとはいえ、大きく揺れ
社内にいたスタッフ全員が机の下に潜りました。
パネルが数枚棚から落ちた程度で済みましたが、
この揺れかたは尋常ではないと直ぐ分かりました。

国内最大級の地震にして戦後最悪の事態…。

まだ数多くの人々が助けを求めている。
そして、この事態は長期的な闘いになる。

都内でも混乱が起こりつつある。

今、我々に出来るのは落ち着いて行動すること。
少しでも多くの寄付をして、希望を持つこと。
ヤフー募金

そして次いつくるか分からない災害に備えて準備をする事だと思う。
地震災害への備え

iPhoneユーザーは便利なアプリをインストールしておこう。
災害用伝言板
家庭の医学
緊急地震速報

2011年3月7日月曜日

苦しい…

苦しいのは鼻づまり。
目と喉が異様に痒い。
つらい花粉症が今年もやってきた。

先週のロケで北海道へ、北海道には杉が殆ど無いと聞いて、ウキウキで行ってみたが甘かった。
シラカバ花粉が大量に発生しているらしい。
平気などころか余計ヒドイ花粉に悩まされてしまった…

どこへ行っても花粉からは逃げられなさそうだ…
アメリカにいたときは一年中鼻がムズムズしている時期もあったし…



北海道は最高気温マイナス2℃とかなり寒かった。
身体の芯から冷える寒さ。
雪が路肩に山積みになっているし、
ツルツルの路面に足をとられる人が大勢。
歩くのもままならない状態だった…

でも、地元の人はハイヒールで歩いていた強者。
タクシーの運転手も強者だった。
路面は雪で完全に覆われて、凍結気味なのに皆スタットレスタイヤで営業。

「大変じゃないですか?」と聞いたら
「うん、真剣。話すのも大変」と言われた。そりゃそうだ。

寒かった札幌ロケでは食事を楽しんだ。

名物3品。

ジンギスカン


味噌ラーメン


スープカレー


最後のスープカレーは絶品だった。
素揚げされた野菜は甘みがたっぷり。
ピーマン、ニンジンなど苦味を含むハズの野菜が非常に甘かった。

食べ過ぎてお腹も苦しい…

2011年3月1日火曜日

巡業

始まりました、地方巡業ロケ。
今回のルートは

東 京
 ↓
広 島
 ↓
福 岡
 ↓
東 京
 ↓
名古屋
 ↓
大 阪
 ↓
東 京
 ↓
札 幌

を一週間で回るコース。
1泊2日を3回繰り返す順序。
何故か東京に戻らなければイケナイのが面倒。

早速行ってきたのが、広島は宮島。
途中立ち寄ったレストランに鹿が乱入。



厳島神社で参拝もすることなく次の撮影場所、博多へ移動。


撮影時間は各所で2時間程度なので移動がメインの撮影。

移動方法は新幹線と飛行機で移動するパターンなのだが、
始めて利用したスカイマークのコストパフォーマンスには驚き。
ほとんどの目的地で新幹線よりも安い。
移動時間も少ないわけだし、空の交通がより身近になった。
マイレージが貯まらないのは残念だが、この値段にNOとは言えない。

撮影は順調。
奇跡的なのが撮影場所に着いたときは雨が降っていたのに撮影開始直前になると雨が止む。
そして撮影が終了すると雨が再び降り始める。しかも、宮島と博多の両方で起こったから奇跡的。
今回のチームは全員、晴れ男なのだろう。

忙しい地方巡業ロケだが、
美味しい食事が楽しめるのが良い。

写真は博多の名物、鯛茶漬け。

2011年2月21日月曜日

無縁社会

週末は撮影で茨木へ。
スカイダイビングの撮影。
なにかと航空関係の撮影が多いが、スカイダイビングは初めて。
一緒にスカイダイブしたかったが、叶わなかった…。
ダイバーにカメラを取り付けて撮影。映像を観ているだけでも大興奮。
アドレナリンが分泌しまくり。
ますます、スカイダイビングがしたくなった。

地上に25m×25mの超巨大シートを作って撮影。
しかもメイド・イン・インド。
インドで製作してもらって送ってもらいました。
初の試みでどうなるかドキドキしていたけど
大成功。大安堵。


話は変わって、先日、NHKで二夜に渡って放送していた『無縁社会』。
見ていて何か違和感を感じるものがあった。

内容は人とのつながりを全く持たず寂しく過ごす人たちを描いたドキュメンタリー。
たんなる高齢化社会とは違い、無縁層には若者たちも入っている。
人と接触する機会がほとんどないという。ひとと繋がりが持てないという。
中には自殺する人までいるという。様々な世代が嘆きかけていた。

たしかに日本特有の現象だと思った。
少子化、高齢化、過疎化と無縁社会になりうる要素は多々あるとおもう。

そもそも縁を持ちたくないと望んでいる人達も多い気がした。
同じ家族内でも連絡を取り合わない人たちがいるぐらいだし不思議ではない。
ヒトから疎遠になる行動をすればいずれかは縁が薄くなり、断ち切れる。
気づいたときには無縁になっている可能性は高い。

若者の中にはインターネットで繋がりを求める人もたくさんいるようだ。
ネットで『おやすみ』を言いたくてライブ動画配信する若者までいた。

日本は物で溢れて豊かな国だが、それに反して心は貧困。
海外に行くとそれがよくわかる。なんて虚しい社会…

それはそうと違和感を感じたのは紹介された無縁社会何人か
ホントに無縁なのか?と疑問に思っていたら

ズバリ的中。

次の日、ヤフーNewsに記事が載っていました。
NHKの過剰な演出が発覚。出演者からクレームが相次いだよう。
出演者が明らかに誰とも縁がないように過剰演出していたらしい。
民放ならまだしも、NHKの過剰演出はやめてほしい。
とくにドキュメンタリー系でね。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110221/ent11022100400000-n2.htm

2011年2月14日月曜日

悩み

花粉が舞い始めたけど、先週末は雪が降ったりで
まだ暖かくなる気配がないこの頃。

早く暖かくなって欲しいが、毎年悩まされる花粉が舞い始める。
今年は昨年の飛散量の5倍から10倍…。
昨年が少なかったとはいえ、頭が痛くなる数字。

今年こそは注射か、それとも鼻の粘膜を焼くか、
何かしら対策をしないと死んでしまいそうだな…。

いっそうのこと、海外へ逃げたい気分。

2月の頭は例年の節分やってました、
会社で近所から苦情が来るぐらいのレベルで大声出して豆まき、
その後、社員無言で恵方巻きを食べ
浅草へお参りし、昼間からお酒を飲む。
そんなんで旧正月を祝いました。



最近ようやく地デジ対応のテレビを購入。
今更買ったので、エコポイントの恩恵を全くうけませんでしたが、、、

テレビを購入するときは色々と悩むもの、
何インチにしようか、どのメーカーにしようかなど。
家電屋でモニターを2時間近く眺めて決めたのは

ソニーのBRAVIA
映像が圧倒的に綺麗
特に映画の映像を映しだす描写力はピカイチ。

で32インチを購入しようと考えていたのだが、
32インチでフルHDは置いてなかった。
PCモニターとしても使いたかったのでそこは譲れない。
そこで37インチを購入しようとするが、ソニーは37インチを生産中止しているとのこと。

結局、40インチを購入。
狭い家にはデカすぎるだろうと思ったが、案外そうでもない
デカすぎず、小さすぎず、我が家にフィット。


デカイコンポシステムと繋ぐと映画が大迫力。
最近、忙しさを理由に疎遠気味だった映画鑑賞が復活できそう。

いままで使っていた譲りものの14インチTV、お疲れさまでした、、、、

2011年1月31日月曜日

スタイル



先週末は社内用の撮影をしてました。
時代劇もの。

とは言ってもロケ場所は渋谷、永田町など都会。
設定は江戸時代からタイムスリップをしてしまった侍。

社内用のビデオなのでカメラとディレクターを兼任。
でも最近、カメラを兼任することが増えている…。

こういった所に広告業界不振ぶりがビリビリと伝わってくる。
景気と共に一度崩れ始めたメディア業界は
変わり始めている。

先々週の週刊ダイヤモンドの予想では
5年後に民放2局が赤字に転落し、
10年で新聞の売り上げは半減と予想しているが、
コレはもはや予測の領域ではないなと思う。

光インターネットのインフラが整い、高速化すればするほど
電波は力と価値を失い始めている。

現在、番組制作費は下落の一途を辿っているし、
質もガタ落ち。インフォマーシャルまみれ。
昼間の時間帯はインフォマばかりがキー局を占領している。

事実、うちの会社もインフォマーシャルの制作が増えている。

NHKだけは質が向上していると言われているが
質が劇的に向上しているというよりは
他局の質が落ちて、良い人材がNHKに集まっているというのが印象。

番組制作でも広告制作でも今まで以上の仕事量を求められて
質より量を求められるようになっている。

広告業界で働いているが、どちらかというと広告よりではない制作を担当することが多いオレ。
短編よりも長編もの、長期制作物が多い。そしてカメラをまわすこともしばしば。
これがオレのスタンスなのかなと最近否定できなくなってきた。

今後は国際的なプロジェクト、ドラマ系制作を増やしたい。

2011年1月25日火曜日

パーテー

パーティーにふたつほど参加しました。

ひとつめは年末に監督した短編ドラマが上映されるパーティーに参加。
約1500人集まった会場で上映されました。

大きいスクリーンと大きいスピーカーで見ると荒が目立つな…と
反省もしつつ鑑賞。

各所からお褒めの言葉と感謝されたことでとりあえず一安心。
関東、大阪、九州の3ヶ所で上映が行われ、『涙した』という感想が多かったと
報告を聞いてさらに安心。

パーティーの後半は芸能人が『ラブちゅーにゅ』で盛り上げていました。

一年に一度の映像製作。
『今までで一番良かった』という声もあったみたいなので
来年もドラマ形式で確定だなコレは。




もうひとつはパーティーというか新年会。
レッドブルエアレースに関わってきた方々と飲み会。

3日前フライングだけど、室屋さんのお誕生日もお祝いしました。
38歳、今年はどんな年になるのでしょうか!?

ただし今年のレッドブルエアレースは休止。
その代わりと言ってはなんだが、各所大会やエアショーで頑張るようです。



J-SPORTSで放映されているシーリーズはどうなるかというと…。
続きます。パワーアップして。

2011年1月17日月曜日

アクシデンテ2



デモリールを久々に更新しました。

さて前回の続き。

鍵が見つかって安堵したオレは交番へと向かう。

交番のおまわりさんに鍵を無くしたことを伝える。どんな鍵かを詳細に伝える。

キーチェーンに書かれていた文字まで詳細に言う。

そして、カフェの人が交番に届けに来ているはずだと、、、。

まず紛失届に記入をさせられる。

ここまでは問題なかったのだが、、、

「鍵の紛失物は来ていないです」とおまわりさんが言う。

「え?」

「いや、絶対来ているはずです」と伝えると

「じゃあ、他の交番に電話してみましょう」

しばらくして

「ないですね」

イヤイヤ、絶対にあるはず。

「じゃあ、署の方に電話してみます。」

数分後、、、

「仰っているような鍵は届けられてないですね」
「引継書にも書いてないし、どうしようもありませんね」

なんか腹が立ってきた。
貼り紙に書いてあった「坂の下の交番」は明らかにこの交番。

このまま引き下がれないと思い(そりゃあそうだこのままでは野宿)

急いでカフェへともどり張り紙をiPhoneで撮影

交番に戻って写真を突きつける

「絶対にここに来ているはずです!」と強気で伝えると

「じゃあ、署の方にもう一度電話してみます」

数分後、、、

「それらしき鍵は署にあるみたいですね」

やっぱりあるんじゃん(怒)!と思いきや

「でも、担当者がいないので鍵はお渡しできません」

「は?」まったくもって意味が分からない

「鍵は署にあるんですよね!?」

「はい」

「でも、渡すことはできない?」

「はい」

ぷっちーん!もう頭に来た

鍵があるのに渡すことが出来ないとは何事!?

「いまから署に行くからそう伝えておいて下さい!」

と交番を飛び出て目黒署へと向かう。

歩いて15分ほど、頭に来たオレは
警棒を持って目黒署の前に立っているおっさんに

「なんの用ですか!?」

と聞かれたが、無視。

受付に向かって

「紛失した鍵がここにあるんですが、渡せないってどういう事です?」

あまりの剣幕だったのか、スタッフが4人ぐらい集まってくる。
そしてオドオドとする警官たち。

「あの、鍵が金庫に入っているんですが鍵を担当者がもっているので、、、、
 水曜日(2日後)にならないと渡せないんです、、、」

「鍵がないと家に入れないし、野宿しろってことですか!?」

「もしかしたら、スペアキーがあるかも知れないので探してみます、、、」

そして待たされること20分。



「すみません、お待たせしました、、、」

申し訳なけなさそうにオレの鍵を持ってくる。

鍵を無くしたオレが申し訳ないのだが、

こうして一段落。エネルギーを使った新年早々だった、、、

最後は車で家まで送ってもらい、鍵が自分で物であることを見せるために

ドアを開けて証明。家に着いた頃には2時を過ぎてました。

2011年1月11日火曜日

アクシデンテ1

新年気分は抜けるのが早いもので
もう数ヶ月経った気分…

さて前回の続き。

実家から目黒の家に戻ってきたのは夜の11時近く。
鈍行で帰ったので約3時間の旅。

お茶でも飲んで部屋でゆっくりしようと、鍵の入ったカバンに手を伸ばして
探るが…。

ない…

まさか…

ナイ…

鍵がナイ!!!

どこを探しても鍵がない!!!

もしかして実家に忘れてきたかと思い実家に電話。

母「鍵なんて見なかったよ。探してみるけど、無いと思うよ」

とはいえ今から実家には帰れないし…明日予定もあるし…。

色々と鍵を取りに行く方法を模索する

まあ鍵は実家にあるだろうなとタカをくくっていたが、

どうやら鍵は見当たらない様子…

6つぐらい鍵が付いていてジャラジャラと音がするので落としてもさすがに気づくはず

よくよく思い返してみると実家で鍵を触った覚えはない…

記憶を巻き戻ししてみると…年末に目黒で友達とお茶をしていた覚えが…

その時、鍵についていたキーチェーンの話題が上ったことに気がつく

カフェだ!!

猛ダッシュでカフェに向かう。

時間は深夜近くもちろん空いてないだろうけどとりあえず向かう。

カフェは真っ暗、ヤッパリ開いていない…

絶望的だ…と思った瞬間

あるモノが目に入ってきた!

貼り紙だ!!!!



THANKS GOD!

コレで助かった!!カフェの方有難う!

とルンルン気分で交番に向かったが、、、、

このあとオレは激怒することになる。

長くなってしまったので続きはまた次回。

2011年1月3日月曜日

インディペンデント


あけましておめでとうございます。

また新たな年がスタート。
2011年はどんな年になるかワクワクしますね。

みなさんにとっても最高な一年になることを祈ってます。
もちろん自分にとって最高な一年になることまちがいなし。

年末年始は早朝から温泉に浸かり、朝日と富士山を眺めていました。
癒されながらも、2011年の目標を考えていました。

2011年の豊富は『独立』、”インディペンデント”。
経済的、社会的、精神的に一人前になり『リーダー』へのステップアップを目指す。

リーダーというのは会社内だけでなく映像業界内でもリードできるような存在になるという意味。
日本に戻ってはや3年、「石の上にも3年」

今までは周りの状況を見たり、周りに合わせたり、他人の意見を尊重したりと
受信することが多かったですが、「同じ場所に置いたものは腐る」ではないですが
石の上から立ち上がって発信側にまわる年にしようと思う。

だから重たい腰を持ち上げて様々な事にチャレンジしようと思う。
今までやらなかったこととか、避けてきたことなども積極的にアタックしようと

イニシエーションとリーダーシップをとり、天下をとる。

と言っている側から自宅に戻ったら大変なことに!
深夜、警察署まで行くことに!

それは次回報告…。